第四節 研究の立場と方法

本節では、本研究はどんな立場からどういう研究手法を取り入れるかについて説明する。

4.1 研究の立場

先ず、本研究では「複文構文」という術語を用いているが、「構文」という概念を導入した理由について述べる。

本研究で言う構文論は、Goldberg(1995)が提唱している構文全体の意味を一方的に際立たせ、動詞の機能や多義性を簡素化するような構文理論(constuction grammar)や影山太郎(1996)が提唱した動詞の語彙概念構造理論に見られるような、文の意味を掴むのに、述語動詞の意味一つを手がかりにする観点とは異なって、益岡隆志(2013:3、162)で言われる、構文のゲシュタルト性[14]に着目して、構文的機能によって構成される文全体としての完結性と構成要素を重視する構文論である。益岡隆志(2013:162)は「構文の重要性は文の基幹的構成体であるという点にとどまるものではない。構文は、それが部分から構成される一つのまとまりであるという点に加え、まとまり全体としての独立の特性——構文のゲシュタルト性——を持つ」と指摘している。本研究では、このような構文の構成要素と構文全体をゲシュタルト的に捉える構文論に立っている。

前述したように、複文構文の二大類型である連体複文構文と連用複文構文はそれぞれ格成分と接続形式を中心としている。連体複文構文であれ連用複文構文であれ、その中心となる格成分や接続形式にのみ着目するのは不十分であり、構文的に有機的に関連づけられて構成される文全体としての完結性も考慮に入れなければならない。具体的に言えば、連体複文構文における名詞と先行する修飾部との関係、格助詞と主節述語との関係、また連用複文構文における接続形式の前項と後項との関係、なお文全体の構造や意味などに対しても考察を加える必要がある。このような理由から、本研究では上記の構文論を導入したわけである。

次に、本研究ではどんな視点からアプローチするのかを述べる。

本研究は文法化(grammaticalization)という立場から、格成分を中心とする複文構文変化をダイナミックに捉えようとする。言語は大きく分けて、実質的な意味を持ち、自立した要素になり得る「内容語(content word)」と、実質的な意味、及び自立性が希薄で、専ら文法的な機能を担う「機能語(function word/grammatical word)」がある(河上誓作1996:179、三宅知宏2005)。「文法化」とは、もともと内容語だったものが、次第に機能語としての文法的特質、役割を担うようになる、あるいは文法的項目がより文法的になる現象をいう(Hopper & Traugott1993/2003:3、5-6、河上誓作1996:179-180、大堀壽夫2005、三宅知宏2005)。文法化するのは、単一語の内容語ではなく、その語を含む構造全体である場合が多い(Hopper &Traugott1993/2003:6)。本研究で対象とするのはまさに格成分という構造全体の文法化である。

文法化の意義をより一般的な観点から考えると、これまでの言語学でとられてきた共時態(synchrony)と通時態(diachrony)という区分の再検討が必要となる[15]。大堀壽夫(2002:200)は「共時態とは一時代を輪切りにした時の状態、通時態とはある要素の歴史を通じた変化である。一般に、共時態としての言語は、隙のない均衡のとれたシステムとして論じられることが多い。だが、現実には形式と機能とは逐一対応ではなく、発生の異なる要素が同じカテゴリーに属したり、多機能化によってもともと同じ語が別の機能をもったりすることは、むしろ言語にとって通常の状態といってよい。その結果、共時態は異なった発達段階の要素からなる集合から成り立っている」と論じている。この意味で、言語は「隙のない均衡のとれたシステム」ではなく、不均衡をつねに内にかかえながら、局所的な変化と調整を繰り返すものである。文法化の分析の大きな意義は、それぞれの形態の発達段階を明らかにし、共時態の説明を新たな形で行いうる点にある。

格成分を中心とする複文構文変化に関しては、歴史的時間の流れにそって複文構文がどのように変化するかを探る通時的研究と、ある特定の時間の中で構文変化を調べる共時的研究両方があり得るが、本研究では、共時的研究の立場からアプローチする。共時的研究における文法化研究の意義は次のようである。一つは、同一形式で、内容語的な用法と機能語的な用法を合わせ持つ場合、その用法間の連続性、及び有機的な関連性を捉えることが可能になるということであるが、もう一つは、文法化により作られた機能語の抽象的な意味、あるいは文法機能を説明しようとする際に、文法化される前の内容語としての意味からの類推が可能になるということである(三宅知宏2005)。

複文構文のある段階や一側面だけに着目して記述するスタティックな研究視点とは違って、変化の過程をダイナミックに捉える文法化研究の立場は変化過程における各段階の連続性を重視する。また、変化の過程においては、形式はある範疇から別の範疇へ突然変るのではなく、どの言語にも共通して過渡的段階を経て次第に代わっていく、いわゆる「漸次変容(cline)」——「連続体(continuum)」として考えてよい——というものが存在すると指摘されている[16]。具体的に言えば、新しい形式Bが現れる場合、古い形式Aがすぐに消えるのではなく、常にA/Bという中間的な段階が存在するということである(Hopper & Traugott1993/2003:47、日野資成2001:6)。

変化過程の連続性を認めるこのような捉え方は、プロトタイプ的なカテゴリー観と根底で通じている。プロトタイプ的なカテゴリー観は、カテゴリー間に明確な境界があり、カテゴリーの成員が必要十分条件によって規定可能な共通の属性を持ちながら同等の資格でそのカテゴリーに帰属する、という古典的なカテゴリー観とは違って、カテゴリーの成員が、同等の資格に帰属するのではなく、典型的な成員から非典型的な成員へとグレイディエンスを成して段階的に分布するという主張である(山梨正明2000:252)。

このように、本研究では、構文要素と構文全体をゲシュタルト的に捉える構文論に立脚し、文法化というダイナミックな視点から、プロトタイプ的カテゴリー観をもとにして、格成分を中心とする複文構文変化を総合的、体系的に捉えたい。

4.2 研究の方法

次に、本研究の研究方法について述べる。

研究方法として、演繹法と帰納法がある。演繹法とは一般的法則から論理的推論により個々の事象に当てはめ、結論を予測する方法であるのに対して、帰納法とは観察された個々の事象から、事象間の本質的な結合関係(因果関係)を推論し、結果として一般的原理を導く方法である(Hopper & Traugott1993/2003:52、三浦俊彦2000:104–111、谷沢淳三2007)。本研究は、コーパスにおける膨大なデータに対する詳細な記述と分析を通して、複文構文変化に関する一般性のある言語法則を導き出そうとする、即ち帰納法に基づく研究手法を取る。

また、本研究では変化を引き起こす原因を探り出すために、個別的分析と総合的分析を組み合わせた手法を用いて研究を進めていく。このような研究方法を取るのは次の理由による。格成分を中心とする複文構文変化は複雑な変化であるため、その仕組みも極めて複雑である。そのため、こうした複雑な問題を解決するために、いくつかの単純な問題に分解して個別的解決を試みたうえで、単純な問題の解決結果を、それらの関連性に基づいて再構築し、複雑な問題の解決へと進むという研究手法を取った方が妥当である。よって、本研究では、格成分を中心とする複文構文変化に関する一般的原理を求めるために、変化を引き起こすいくつかの要因をそれぞれ追求したうえで、これらの要因の関連性を捉えて格成分を中心とする複文構文変化の仕組みを明かにする。